政策の破綻!民主党政権「2年で3人」たらい回し!

 木村太郎です。

 2年前、民主党は、マニフェスト(政権公約)に「財源なき公約」をいくつも掲げ、国民・有権者からの支持を集めて、日本の国政を担いました。

 しかし、内政・外交のあらゆる面で行きづまり、何ひとつとして、前向きに進展したものは無く、ついに去る6月、民主党を代表する鳩山、菅の両前・現首相の間で「ペテン師」と名指しし、される事態となり、「政治空白」を決定的なものとした2年間となりました。

 一例を挙げれば、去る8月18日付の日本経済新聞は民主党マニフェストの破綻について検証していますが、その中で「民主政権看板倒れ」と明記し、得意の「事業仕分け」による支出カットなどで、9.1兆円、「いわゆる埋蔵金」の活用、税制改正などで、7.7兆円、合計16.8兆円を捻出するとしていたが、民主党が予算編成した10年度で約1兆円、11年度0.3兆円の支出削減にとどまり、これは「絵に描いた餅」だったと結論づけています。

 やはり、政党の根本である基本綱領を、今もって定めようともしない「民主党の無責任体質」の当然の帰結ではないでしょうか。

 「政権交代し、政治主導を実現すれば、ムダを削減できる」と強弁していた民主党に対し、選挙中から実現性に疑問がもたれていましたが、民主党は改めようともせず、選挙目当ての「いわゆるバラマキ4K」を押し進めてきましたが、すべて破綻しました。

 前述の日経記事の中で、北大の山口二郎教授は、「有権者への裏切りだ。次の選挙で責任を問うことになる。」などと述べております。

 しかし、民主党は、野党時代に強調していた「首相がかわるなら国民に信を問うべきだ」という考えは、どこへやら、かつて「金権政治のシンボル」といわれ、20年前にあったとされる「小沢一郎詣で」などを経て、ついに「2年で3人の首相!」を強行しました。

 私は、野党・自民党の副幹事長として、一政治家として、一国民として、民主党の内政・外交の大失政に対し、「国民のためのあたたかい血のかよった政治」を取り戻すために、ただちに衆議院を解散することを要求します。

 みなさんのご理解をお願いいたします。

2011/08/30

一日も早く、一人でも多くの方に笑顔を!~大震災から5ヶ月~

 木村太郎です。

 未曾有の大震災から早くも5ヶ月が過ぎました。それにも拘らず、未だに復興はおろか復旧の明確な道筋は道筋は示されているとは言い難く、被災地の皆さまのご心労、ご労苦をおもえば誠に心苦しく思います。

 民主党・菅政権の原発事故への初動対応の誤りにはじまり、大震災に取り組む責任感とまごころの著しく欠如した対応により、人と人との絆を結ぶインフラ整備の遅延、現地のニーズとかけ離れた仮設住宅の諸問題と建設の遅れ、被災地の自立に繋がる二重ローン問題、国民の命を育む安心安全の食の問題、その他様々な問題がまさしく山積したままとなっており、ガレキの処理すら進まず、被災地の方々は悪臭と害虫と猛暑に悩まされたままです。

 去る6月22日の通常国会会期末、私は自由民主党を代表して本会議場の壇上で、菅民主党政権の掲げる70日の会期延長に対し、50日の会期延長を求める反対討論を行いました。

 一見すればより長い会期延長の方が被災地にとって有益のように捉えられがちですが、一日も早く大震災対策を確立するために、一度は与野党の幹事長会談で「会期50日」で合意に至った案が、菅直人氏の場当たり的な思いつきの方言によって水泡に帰し、「50日合意」によって与野党全ての国会議員が一丸となり是々非々で緊急を要する被災地の復旧・復興に全力で取り組み、一刻を争う法案の可決に至るはずが、菅総理の人目も憚らず1日でも長く総理大臣の座にしがみつきたいが為の我欲によって、与野党協議のやり直しとなり、約2週間も国会の機能は停止し、いたずらに時間を空費するに終わりました。

 その後も菅総理は一切の具体的な道筋を示さず、与党民主党内の議論もないままで「思いつき・場当たり」な対応を繰り返し、具体的な対策も無いまま、一見耳障りの良い「脱原発」を無責任に記者会見において披露し、全世界に日本政府の無能ぶりを発信してしまいました。

 その言動には最早「怒り」を通り越し国民のほとんどが、民主党政権の一日も早い退場を切望しています。

 その中で、日本中が悲しみに包まれた「3.11」直後より、被災地の一日も早い復旧・復興のために、自衛隊、消防、警察、企業、ボランティア、支援物資・義援金を寄せられた全ての人々等、国民の皆様が一心となりその「絆」によって堅く結ばれた事に対し、深く感謝すると共に、この国の未来、祖国日本、ふるさと再興に確固たる「希望の光」が灯ったと感じています。

 今年の地元弘前のねぷたは被災にあわれた皆さん、亡くなられた方々を悼み、鎮魂のねぷたとして運行されました。最終日には、希望の灯としてねぷたを燃やし、被災地の復旧・復興に思いを一つにしました。

 私は一国民として、政治家として、その光を絶やさぬように、そしてもっと大きな光を灯すように、生涯かけて東北・日本の復旧・復興に微力ながら全力を尽くして参ります。

2011/08/11

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